こちらは東日本大震災復興支援・チャリティ小説同人誌『文芸あねもね』公式ブログです。
最新情報や執筆者&内容紹介など随時更新しています。
「女による女のためのR-18文学賞」過去受賞者(+α)で
「少しでも東日本大震災被災者の力になれれば」と話し合った結果、同人誌をつくることになりました。
2011年7月15日より2012年2月24日まで、電子書籍サイト・パブーにて電子書籍版を販売、
その後紙の書籍として新潮文庫に入る運びとなりました。
現在、朗読プロジェクト「文芸あねもねR」も進行中!
【執筆者一覧】
彩瀬まる・豊島ミホ・蛭田亜紗子・三日月拓・南綾子・宮木あや子
山内マリコ・山本文緒・柚木麻子・吉川トリコ(五十音順/敬称略)
■イラストレーション/さやか ■デザイン/山口由美子
※参加者の詳細は「プロフィール欄」をお読みください。
※この企画の成り立ちについては「はじめに」をお読みください。
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山本文緒『なぎさ』クロスレビューその3 山内マリコ
2014.01.24 Friday | category:あねもね作家の新刊紹介
〜善き人であるために〜
山本文緒『なぎさ』によせて 山内マリコ
「探せばどこかに、自分の体と心に丁度いい仕事があるに違いない、というのは幻想なのかもしれない。働きたくないわけではない。ほどほどに働きたい。ほどほど、なんて思うこと自体がもう甘くて間違っているのかもしれない。」(『なぎさ』p.52)
山本文緒15年ぶりの長編小説は、昔からのファンの人に、ちょっとした肩透かしをくらわせているかもしれない。ずっしり重みのある全370ページ! しかしそこに描かれているのは、長年のファンが期待しているような激しい恋ではなく、現代日本で普通に働き、普通に生活することの難しさである。かつての作品群で際立っていたのは、恋によって個人が常軌を逸していく凄みだが、『なぎさ』に於いて狂っているのは、個人ではなく世界の方だ。はからずも15年という月日が、日本はこんなに変わってしまったのだということを、これ以上なく雄弁に語っている。
ブラック企業(で精根尽き果てウツ寸前の夫)、お笑い芸人(を目指して挫折する若者)、富裕層(性格最悪!)、カフェ(ただしあらすじから連想させるふわふわしたカフェ幻想はここにはない…)、モリ(敢えて個人名で出します)、さらに生活保護(圧巻の描写力!)まで…。
それら現代日本を象徴するキーワードが、普遍的な存在ともいえる「普通の主婦」である冬乃を中心に、重層的に織り上げられていく。豊島さん&まるちゃんのクロスレビューにもあるように、最後まで一気に読み切ってしまうこと必至のハイリーダビリティ。久しぶりにページをめくる手が「止まんねえ!」というのを味わいました。
最後まで読み切って思ったのが、「これは狂いまくった現代日本で、それでも善き人であろうとする人々の物語だ」ということ。そしてすぐに連想したのが、内田樹による村上春樹のこんな評だった。
「それは、ごく平凡な主人公の日常に不意に『邪悪なもの』が闖入してきて、愛するものを損なうが、非力で卑小な存在である主人公が全力を尽くして、その侵入を食い止め、『邪悪なもの』を押し戻し、世界に一時的な均衡を回復する、という物語です。」(内田樹『もういちど村上春樹にご用心』p.13/アルテスパブリッシング)
村上作品に登場し、物語をこれでもか! と混乱させるモチーフを、内田樹は「邪悪なもの」と名付け、上記のパターンを繰り返し描いているのだと語っている。そして村上春樹本人を連想させる主人公「僕」もまた、一貫して同じ人物といえる。世俗的な野心もなく、美味しいものが好きな、人として善良でありたいと思っている普通の青年である。――この青年は、『なぎさ』に於ける冬乃であり、夫の佐々井であると思った(その考えを広げると、冬乃が主婦であること、家事が得意であることにも、ちゃんと意味がある)。彼らは別に金持ちになんかならなくてもいい、普通に働いて、普通の暮らしがしたいだけ。美味しいものを食べ、ぐっすり眠って、休みの日にはくりはま花の国あたりを、夫婦でゆっくり散歩できればそれで充分に幸せ。そう思ってるのだ。
でもこの国は、その願いが叶わない国になってしまった。死ぬほど働かないと人並みの給料はもらえないし、死ぬほど働けば人は簡単に壊れてしまう。どうすればいいの…? と誰もが思いながら、全員が日常に飲み込まれているコワい国になってしまった。かつての村上作品には、「邪悪なもの」は作為的に投入されてきたが、現代日本ではもう、あえてそんなものを投入する必要もなく、社会が普通に邪悪なのだ。
そのクレージーな社会を逆手に取って、遊ぶように生きているモリのような男が、これからの時代のロールモデルになるのかもしれない。たしかに魅力的だし、モリが生き方を語った本は30万部くらい売れるかもしれない。でもそんな国は嫌だ! そんな人が崇めたてられるのは嫌だ!
370ページの果てに著者が辿り着いたあのラストシーンからは、そんな叫びとも、シュプレヒコールとも、宣言ともとれる強い意志が感じられた。もちろんわたしも同感です。